恐怖・不安と心理カウンセリング 1

先日、ネットニュースをなんとなく眺めていると、
ジョニー・デップからヒッチコックまで!変わった恐怖症を持つセレブたち
という記事が掲載されていました。世の中、いろんな恐怖症状があるものです。その全てに医学的な診断が下されるわけではなくても、困りごとであることには変わりません。

恐怖や不安にまつわる困りごとは心理カウンセリングでもよく話題になります。平成14~18年に実施された疫学調査(川上,2006)によると不安障害の生涯有病率(調査時点までの生涯に経験した人の割合)は9.2%とのことですから、それも不思議ではないのでしょう。人に悪く思われることが恐い、電車や美容院などすぐに動けない場所に行くことが恐い、恐ろしい病気になってしまうのではないかと恐い、人を傷つけてしまうのではないかと怖い……とこちらもさまざまなバリエーションがあります。

恐怖と不安

恐怖も不安も何かを恐ろしく感じる感情です。対象が明確な場合には前者の、曖昧で特定しにくい場合には後者の名前で呼ばれます(津田・田中,1980)。「漠然とした不安」といった表現はその輪郭のあやふやさを伝えてくれます。あるいは、ある出来事(例えばジョニー・デップにとってのピエロとの遭遇)に対して今まさに起きている身体/心の反応を恐怖、それが起きる“かもしれない”ことへの反応を不安、とも整理できるかもしれません。

先に紹介したMovie Walkerの記事でもそうですが、恐怖症状の原因ははっきりとはわからないこともあれば、過去の体験からと推測されるものもあります。蛇などはヒトやサルにとって生得的に恐怖対象だという説もあります(川合,2011, 柴崎・川合,2011)が、生得的であっても全ての人にとって蛇がいつも同じくらい恐ろしいというわけではありません(世界には蛇使いを生業としている人もいます)。私の知り合いに蛇を掴んでぶんぶん振り回すのにクモに対してはこちらが驚くほどに恐がる人がいて、子供の頃、ずいぶん不思議に思っていたものです。

恐怖にせよ不安にせよ、基本的には不快感を伴って経験されます。私たちの身体/心にはどうしてそのようなシステムが備わっているのでしょうか。

感情の働き

進化の観点からは、感情も生物が生存するために必要なものと位置づけられます。生物の進化にともない、その脳はより複雑な構造を持つようになり、感情はより細かく分化してきました。もっとも古い感情は原始情動と呼ばれるもので、快/不快がそれにあたります(福田,2008)。感情と言えば喜怒哀楽を思い浮かべる方は多いかと思います。それらと快/不快を比べてみましょう。後者からはより感覚的で混沌とした印象を受けるのでは?

動物の進化が進み生存環境が複雑化してくると、動物同士「食べる-食べられる」の関係が生まれます。そこでは周囲の変化に対して繊細に反応して逃げられる動物が、つまり恐怖を持てる動物が生き延びやすくなります。このように複雑な環境に適応するよう生物の情動機能も進化してきたと考えられています(福田,2008)。

そして、言語を用いる人間は抽象的な思考を行い、「今、この瞬間」だけでなく未来を予測(予知ではありません)できるようになりました。実際に雨に濡れたり空が暗くならなくても、天気予報の情報をもとに傘を用意することができます。物事を関連づけられるようにもなりました(電車と美容院や映画館を「逃げられない」で結びつけることができます)。その場での恐怖に反応するだけでなく、私たちはまだ何も起きていないうちから不安を感じ、“あらかじめ”危険を避けて行動できるようになったのです。

恐怖感情をつかさどる脳の部位を扁桃体と言います。Feinsteinら(2011)の研究では、遺伝性の疾患によりこの部位を損傷した患者がさまざまな刺激(ヘビやクモ、幽霊屋敷として知られるサナトリウムの暗闇)に恐怖を示さなかったこと、迫り来る脅威を察知しにくいことで過去に繰り返し命の危機にさらされてきたことが報告されています。

続きます。

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<資料>
・Feinstein, J.S.,Adolphs,R.,Damasio,A.,& Tranel, D. (2011). The Human Amygdala and the Induction and Experience of Fear, Current Biology 21,34-38.
・川合伸幸 (2011). ヘビが怖いのは生得的か?:サルやヒトはヘビをすばやく見つける,認知神経科学 13(1),103-109.
・川上憲人 (2006). こころの健康についての疫学調査に関する研究,平成16~18年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業) こころの健康についての疫学調査に関する研究 総合研究報告書.
・柴崎全弘・川合伸幸 (2011). 恐怖関連刺激の視覚探索:ヘビはクモより注意を引く,認知科学 18(1),158-172.
・津田彰・田中正敏 (1980). 恐怖と不安の学習理論的・行動薬理学的分析,心理学評論 23(3),241-258.
・ジョニー・デップからヒッチコックまで!変わった恐怖症を持つセレブたち, Movie Waker,https://movie.walkerplus.com/news/article/218882/

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