「研修のため休室します」とは何をしているのかという話

 毎月毎月、休室日のお知らせをするたびに「研修のため休室いたします」と書いている気がします。次回の予約をとる際に「その日は研修で……」と日程を変更していただくこともあります。(当相談室の利用者さんに限らず)相談者の方が知っておく必要はまったくないのですが、そもそも心理職の「研修」とはどんなことをしているのか、少し書いてみようと思います。

 まず、心理職にとって、職業についてからの学びがどう位置づけられているのかを見てみましょう。一例として、臨床心理士倫理綱領(臨床心理士資格を持っているなら守らないといけないですよ、という決まりごと)には以下のように記載されています。

臨床心理士は訓練と経験により的確と認められた技能によって来談者に援助・介入を行うものである。そのため常にその知識と技術を研鑽し、高度の技能水準を保つように努めなければならない。一方、自らの能力と技術の限界についても十分にわきまえておかなくてはならない。

臨床心理士倫理綱領 第2条

 心理職にとって知識と技術の研鑽が個人の好みや趣味以上のものとして位置づけられていることがわかります(私は持っていませんが、例えば臨床発達心理士の倫理綱領にも同じようなことが書かれています)。実際、臨床心理士資格であれば5年間のあいだに定められた基準以上の研修を受講していないと資格を更新することができません。そうした背景のほか、学校で修める知識や技術は本当に基本的なものだけで、学びを続けないと日々の業務に対応できないという現実的な問題もあります。このように、職業的な義務として、また現実的な要請として、学びを続ける必要があります。

 次に、研修の実際をもう少し詳しく紹介します。心理職の学びには個人で本や論文を読むこと、一対一での指導(スーパーヴィジョン)も含まれますが、そのために不定期で休むことは考えにくいので、そこは飛ばして、研究会、研修会、学会の3つの形を挙げておきましょう。なお、前者2つの区分は便宜上のもので、定義が定められているわけではありません。

研究会
 2名~10名程度で行われる、研究会や勉強会と呼ばれる集まりがあります。所属していた大学院のゼミの延長で行われているものもあれば、同じ関心を持つ者同士で開催しているものもあります。規模が小さいことで日頃の困っていることを話し合えたり、わからないことを率直に質問できるのがメリットでしょうか。

研修会
 もう少し規模が大きく十数名~100名程度で行われるものは研修会と呼ばれることが多い印象です。身内で開催するというよりも、団体や個人が企画し、その内容に興味のある人が申し込みます。講義やワークショップのスタイルをとることが多く、新しく何かを学ぶ場として活用されます。
 研修の種類にもよりますが、数時間のものだと数千円~1万円のものが多い印象を受けます。

学会
 心理職はそのほとんどが何かしらの学会に所属しています。学会というのは研究者の団体で、多くの場合年に一度、学術大会と呼ばれる集まりを行っています。そこでは研究発表や講演のほか、学会主催の研修会が行われることもあります。全国から人が集まるため、同窓会的な雰囲気もあります。
 規模の大きい学会はコンベンションセンターのような私設を借りて行われますから、それだけ費用もかかることになります。遠方で行われる場合には、交通費+宿泊費+大会参加費+諸費用……といった調子で、個人の出費としては5~10万円程度になることが多いように思います。

 どの会も、なるべく多くの参加者に都合を合わせるために土日に開催されがちです。結果、日曜の休室が増えるわけです。

 これらのどれもが以前は対面で開催されていましたが、コロナ禍に入り急激にオンライン化が進みました。交通費と時間(と場合によっては宿泊費)をかけて現地まで出かけて参加していた研修に自宅から参加できるようになったのです。これまでは距離や子育ての都合で諦めざるをえなかった人も研修に参加できるようになったことは大きな利点です。今後もオンライン研修が活用されることで、住む場所により研修を受けやすい/受けにくいの格差は縮まっていくのかもしれません。

 一方で、オンラインで実際されてきた期間、それらの持つコミュニティの機能は弱まっていたようにも思います。コロナ禍が2年以上に及んでいることで、私が仲間内で行っている研究会でも互いに顔を合わせたことがのないメンバーがいます。開業に限らず心理職は一人職場が珍しくなく、同じ関心を共有できる人達と話すこと自体が貴重でもあります。他者と関わり合うなかで自身をケアし、また自分の行いが適切なものかを精査することが必要なのは専門職もまた同様です。

 余談も余談として、こうした研鑽の費用はほとんどの場合、心理職個人が負担します。この、業務に必要となる学習の為の費用を職場ではなく個人が負う文化は少し独特なのかもしれません。この文化には功罪両面あろうとは思うのですが、特に若い心理職に対して大きな負担を強いていることは業界の課題といえます。

 なんとなく知っているつもりの職業でも実際にはその内側をほとんど知らないことの方が多いように思います。心理職のようなマイナーな仕事の場合にはいっそうかもしれません。ときにはこうした話でその一端をイメージしてもらうのも悪くないような気がしています。

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<資料>
・公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会,http://fjcbcp.or.jp/
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